東日本大震災から7年が経ちました。
3月11日、東京の大地も大きく揺れ、私も生まれて初めての体験をしました。
あの日のことや、石巻市の福祉避難所で出逢った方々のことを思い出す一日です。
東北の方々のことを想うと今でも心が痛みます。
空にむかって追悼の曲を吹きました。

3月11日 夕暮れ
多くの人の苦しみや哀しみを、忘れてはいけない一日です。
東日本大震災から7年が経ちました。
3月11日、東京の大地も大きく揺れ、私も生まれて初めての体験をしました。
あの日のことや、石巻市の福祉避難所で出逢った方々のことを思い出す一日です。
東北の方々のことを想うと今でも心が痛みます。
空にむかって追悼の曲を吹きました。

3月11日 夕暮れ
多くの人の苦しみや哀しみを、忘れてはいけない一日です。

紅や黄色の木の葉が舞い落ちる季節となりました。皆さんこんにちは、お元気ですか?
私は…といえば、お伝えしたいことがたくさんあるのですが、ブログを書いている時間がなかなか取れません。(涙)
気にかけながらも、くるくると毎日走り回っています。
様々な体験の一つひとつに感謝しながら学びや発見を繰り返しています。
10月、従業員の支援に前向きに取り組まれている企業様での個別介護相談会が始まりました。
今月から私はご相談対応の為に定期的に足を運びます。
介護の相談には、介護保険制度、サービスの活用や住まい(施設や高齢者住宅選び)、認知症、介護用品、住環境(住宅改修)など、相談は多岐に渡り複合的です。
私は介護保険に限らず広い範囲での相談援助を開発し、1999年から伺ってきましたが、ご相談に訪れる方々には、初動期に遭遇する医療機関での戸惑いや混乱、また終末期に発症する疾患、肺炎に伴う嚥下困難など、医療を必要とする状況時の対応、終末期の過ごし方、延命治療などに関するご相談も含まれてきました。
特に、死への向き合い方に関しては大変難しいご相談対応で、ご相談者の立場に立ちながら共に考えましょうという支援を心がけています。
ナースとして働いた13年の経験から引き続き、私が感じていることは、人はなぜ自然な死を選べないのか、ということです。
延命だけを重視してきた医療について、医療や介護を提供する側も受ける側も、誰もが考え反省すべきだと思っています。
小さく弱くなる家族や自分のありのままを受け入れることは、決して容易なことではありません。
心の痛みも伴いますが、死はかわいそうなことでしょうか?
平穏死を伝えている石飛幸三医師の活動や、聖路加国際病院の日野原先生の終わり方も、私たちに大切なことを伝えてくれています。
本当の豊かさとは受け入れることから、と私は思っています。
また、そのことを教えてくれるのは、相談に来られる方お一人おひとりでもあります。
「今日、話せてよかった。」「こんな話は家族にも誰にもできないので、一人で抱えていた。」
大切なご家族のこと、介護のこと、命のこと、勇気を持ってお話してくださる皆様に感謝いたしております。
私は人と人が対話するというシンプルな関わりをとても大切に考えています。
ご相談に来られた方々が、真の問題に気づき、問題解決のために自分で動くことができるよう、これからもサポートに努めます。

皆様の心の支えになるかどうかわかりませんが、私の愛書の中から、ネイティブ・アメリカンの死への向き合い方をご紹介します。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、わたしと呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕されることはない。
わたしの家は、笑い声に満ちている。
子どもたちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。
「今日は死ぬのにもってこいの日 MANY WINTERS」
ナンシー・ウッド著 より

太陽が昇り沈むように、一粒の種から木の葉が芽吹き育ち、やがて大地に落ちるように、人間の死も自然の一部と捉えることができるようにする為には、私たちに何が必要なのかを私自身も問い続けながら生きています。
人生のステージの最も大切な冬の季節を大切にしてほしい、その人らしくあってほしい、私の強い願いです。
皆さんはどう支え、どう生きますか?
これから寒い季節に向かいますが、皆様季節の移ろいを楽しみながら元気に参りましょうね。
今日はスペインのチェリスト、パブロ・カザルスの演奏するカタロニアの民謡「鳥の歌」を聴きながら祈りを捧げました。
7月18日の朝、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が永眠されました。
105歳の最期まで、現役のお医者さんとしてご活躍された日野原先生、長い間お疲れ様でございました。天に召された日野原先生の平安をお祈りいたします。
日野原先生が選択したのは病院やホームではなく、ご自宅での最期。
経管栄養が必要となった時、延命治療を拒否され、安らかで自然な最期であったそうです。
多くの方を看取り、命の尊さ終わりの大切さを誰よりも知っている医師の選択。
最期の時、中心は医療ではなく自分自身。死は敗北ではなく新たな生の始まり。
私はお見事な人生とその終焉に、思わず心からの拍手を贈りました。
私が日野原重明先生を知ったのは、1990年日本経済新聞掲載の「私の履歴書」。
当時私は大学病院にて白衣を纏い臨床ナースとして働いていました。
患者さんに寄り添い働ける喜びと共に、ベットサイドで人の病や死に懸命に向き合いながら、疑問や葛藤も数多く感じていました。死とは敗北なの?
そんな時、日野原先生のメッセージや生き様から、人の生命の巡りのついて学び、幾度となく勇気をいただき助けられてきました。
日野原先生は「生き方上手」が大ベストセラーになり、その他数多くご出版されましたね。
先生が監修された本に「ナイチンゲールに学ぶ家族ケアのこころえ~やさしい看護と介護のために~(素朴社)」があります。私がこの本を手に取ったのは2007年。
看護学生時代、入学してすぐに基礎の看護学として学んだフローレンス・ナイチンゲールによって書かれた「看護覚え書」(1860年出版)。
この本からエッセンスを抽出し、日野原先生の解説とともに10歳から読めるようにわかりやすく紹介されています。
「あの難しい看護学が、一般の方向けにこんなにやさしくわかりやすくなるなんてびっくり!なんてあたたかい本!」と驚きました。

必要なものはきれいな空気、
太陽の光
清潔な部屋
静けさと音
食事
会話
観察
回復
そして、大切にしたい自然の力
本では家族や病人をケアするためのケアの心得を具体的に述べています。
看護師や介護士など專門職に限らず、私たちは誰もが家族や友人の病気からの回復を応援したり、病気にならないよう気を配ったりします。
日野原先生は、そのために大切なことを、多くの方々にやさしくわかりやすく伝えました。
画家、詩人の葉祥明さんの優しい色彩のイラストが添えられて、まるで詩集のようです。
私は本好きですが、以来、私の中のベストセラーの1冊に加わっています。
多くの方がケアに関わる時代、実務的なノウハウや知識の前に、「看護覚書」の頁をめくってほしいな~と思います。
日野原先生のメッセージは医療のみならず、音楽や文学を通じても私たちの心にこれからも残り続けることでしょう。

先生の講演(椅子も机も資料もなし)を聴きにいった際に、新老人のスローガンとして伝えていたことは
1. 愛すること To love.
2. 創(はじ)めること To commence.
3. 耐えること To endure
でした。
生老病死は誰もが体験することですね。
私の尊敬するパブロ・カザルスも日野原先生も、マザーテレサも、ガンジーも、皆平和を唱え続け、人間が病気や争い、貧困や死などの苦しみや悲しみに出逢った時に、絶望から救いあげてくれる存在であったと思います。
そんな力を持ち生き抜いた人に憧れながら、私もコツコツと重ねていきたいと思います。
命の大切さ、平和の尊さを唱え続け、医師である前に豊かな人間であった日野原先生、ありがとうございました。
冬に生まれた私は、寒いながらもこの季節が嫌いではありません。
冬の美しい風景に出逢う度に、心が静かになります。

冬の空と白いお月さま (Photo by 友人Mちゃん)

一面の白 東京から大阪に向かうのぞみ号の車窓から

初冬の夕暮れ ピンクに染まる富士の山
樹木が葉を落とし、すっかり枯れて
いろんなことが透明になっていく静寂の冬
人の心も想いも、冬には透明になれたらいいのに
そんなことを思いながら、忙しい日々を過ごしています。
まだまだ寒さは続きます。
豪雪で暮らしが大変な方々もいらっしゃると思いますが、
冬の美しさやあたたかさを少しでも発見できますように。
節分も過ぎ春の訪れまでもう少し、がんばりましょう。

白い富士山に沈む太陽 (Photo by 友人Mちゃん)
大切な人の笑顔が見られなくなってくると、とても寂しい気持ちになるものです。
だからこそ笑顔が見られた時、笑顔は宝物だということを心から感じます。
「NEWSアンサー」での短い時間の放送の中に父の笑顔が残りました。
東京から静岡へと足を運ぶとき、私は父と母の楽しみを何かひとつ贈り物を持っていくように心がけています。
だからいつも想像します。
父の好きなこと、楽しめることは何だろう。
母がリラックスできるのはなんだろう?
私の贈り物は時には癒しの音楽であったり、美味しい人形焼きであったり、いい香りのアロマオイルであったり、聴く耳であったり、マッサージであったり、笑顔であったりします。
テレビ取材当日、慌ただしく準備をしながらマンションの部屋にあった詩集を1冊かばんに詰めました。

私も父も好きな高村光太郎の「道程」
文学が好きだった父。
私の朗読を聴くと表情が変わりました。
そして父自ら高村光太郎の「道程」を見事に読み上げたのです。
これには私も母も感動、周囲からの拍手喝采を受けて父の笑顔。
この瞬間が番組の中で放送されています。
人は誰もが齢を重ねます。
肉体は小さくなっても人生を回顧し豊かさを感じてほしい季節です。
「親を大切にする」「家族と助け合う」当たり前のことを大切にするためにも一人で抱えこまずに、一人だけに押しつけずに、少しの思いやりを持ってみんなで支えていきましょう。心の窓を思い切って開きましょう。
私もまだまだ介護のある暮らしを発見していきます。

父の笑顔