6月雨の季節、由比のお庭でも母が育てた青い紫陽花の花が咲きました。
先日、故郷にて家族が集い、父の13回忌法要を行うことができました。
この日は台風2つ、地震頻発。
弟が東京から静岡に車で到着したのは当日朝9時。兄も仕事の合間に駆けつけて。
各々が大変忙しい中、母中心に集まることができたのは奇跡的で幸せな時間でした。
あの日からもう12年も経ったのか、まだ12年なのか、、、
いずれにしても、「私は今も変わらず精一杯頑張っているよ、孫たちは皆頼もしく成長しているよ、母のことは約束どおり守っているからね」などと父に微笑みながら静かに報告。
お香が焚かれる中で、御住職が
「かけてもらった言葉や、してもらったことなどを思い出しながらお唱えください。」
と皆に声をかけてくださいました。
// 私の最高反抗期、16歳の会話 //
由里子
「どうして、みんなの家のように私に優しくないの?厳しいの?」
(大声で泣きながら)
父
「優しさとは、何かよく考えなさい!
表面的に人に甘く優しくすることが優しさではない。
愛情とは時に厳しさだ。
本当に由里子のことを思っているのは誰なのか。」「優しい人ではなく、真の思いやりのある人間になること。
真の思いやりが何かは、自分でよく考えなさい。
由里子の言う自由に生きるとは最も難しいこと。
自由に生きられるように何をしたら良いのか、よく考えて頑張りなさい。」
(父も大声で)
中学3年生から高校生2年生頃まで、毎日が人生の修羅場。
疑問を真っ直ぐぶつける私。親や周囲の大人から怒られ続ける私。
私にとってはとても厳しい人生の季節でした。
「自分らしく生きるってどういうこと?」
「何故大人はみんな同じことを言うの?」
「自由に生きたい!!」
答えを探し求める日々。
父からかけられた言葉。
今も心にずっと響いているのは、優しい言葉よりも体当たりしていた頃の厳しい対話。
私は真の思いやりを持てる自分になっているだろうか、向かっているだろうか、
いつも問いかけながら有限の人生を生きています。
どう生きるかは自分次第、自由に生きることの厳しさと尊さも学んでいます。
そして、想い、言葉が人に与える大きさにも、手と手を合わせて深く合掌です。
小さかった私は、自分の足跡を残しながら、心や言葉を人に伝える人となりました。
私は大河の一滴に過ぎませんが、どうかその日々の努力が、人の哀しみや苦しみに寄り添う力に、大きな大河となりますように。
皆と力を合わせられますように。
私に大きな影響を与えてくれた父に、家族に、友人に、心からの感謝を込めて。
2026年6月14日 父の13回忌に寄せて








